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 苗村神社(なむらじんじゃ) 竜王町綾戸
平安時代にまとめられた全国の神社一覧「延喜式神名帳」(927年完成)に名を残す「長寸(なむら)神社」はこの社のことといわれています。 近郷三十三村の氏神であり、大祭が33年に一度おこなわれます。田園の中にそびえ、茅葺きの壮厳さを感じさせる雄大な楼門(重要文化財)が圧巻で、その景観の素晴らしさから、竜王八景のひとつにもなっています。 三間社流造り、桧皮(ひわだ)葺きの西本殿は、鎌倉時代の建築で国宝に指定されています。国宝や重要文化財を多く抱えていることから、鎮守の森にたたずむ文化財の宝庫ともいえる神社です。
 龍王寺(りゅうおうじ) 竜王町川守
雪野山のふもとにある天台宗のお寺で、奈良時代前期、和銅3(710)年行基菩薩によって 「雪野寺」として創建されました。しかし、度重なる火災で焼失し、平安時代に再建されて、一条天皇から「龍寿鐘殿(りゅうじゅしょうでん)」の勅額(直筆の額)を給わり、 以来、雪野寺から「龍王寺」と改められました。地元では通称「野寺」と言われています。 木造十二神将立像12体と梵鐘は重要文化財です。 梵鐘には美女と大蛇の伝説がまつわり、藤原定家や和泉式部、柿本人麿の詠んだ歌がかかげられています。 また、大江匡房の歌にも龍王寺の「野寺」が詠まれています。 毎年旧暦8月15日(仲秋)に行われる「へちま加持祈祷」はぜんそくに効くとされ、終日大勢の参拝客で賑わいます。
 鏡神社 竜王町鏡
このあたりは東山道、中山道(現国道8号線付近)の宿場、「鏡の宿」として栄えました。 祭神の天日槍(あめのひぼこ)は金工、製陶技術を教えた新羅王子と伝えられています。 この地に製陶業を興し、村の発展に努めたので祖神として祀られ、崇敬・護持されてきました。 本殿は南北朝時代の建築といわれ、重要文化財に指定されています。
 鏡の宿「義経元服ものがたり」のページ
 義経元服の池 竜王町鏡
源平合戦で有名な源義経が鞍馬山で修行した後、 京より奥州へ向かう途中で現在の竜王町鏡「鏡の宿(かがみのしゅく)」に泊まり、この池の水で前髪を落として元服したと伝えられています。 謡曲「烏帽子折」(えぼしおり)で有名。
 鏡の宿「義経元服ものがたり」のページ
 宝篋印塔(ほうきょういんとう) 竜王町鏡
鏡山十二峰の一つ星ケ峰のふもとに伝教大師が「西光寺」を建立しました。 源頼朝や足利尊氏も泊まったといわれている古刹です。 康平(こうへい)2(1060)年の乱で一山焼亡し中興されましたが、信長の兵火(1571年)で廃寺となります。 その名残をとどめていのが鎌倉時代後期1300年頃作られた宝篋印塔(ほうきょういんとう)です。記念宝塔として昭和35年2月に国の重要文化財に指定されました。 塔の高さは210cm、笠石の下の塔身の周囲は180cmです。2段の基壇を築き、その上に孔雀の向かい合っている格挟間を彫った基礎を置き、塔身、笠、相輪を積み重ねています。 また、石の角に梟(ふくろう)の彫刻があるのは、あまり例がないといわれています。
 石灯籠(いしどうろう) 竜王町鏡
西光寺の鎮守、八柱神社(やばしらじんじゃ)の社宝で高さが2.8mもある背の高い灯篭です。重要文化財に認定されています。 裏面に「応永(おうえい)28(1422)年8月8日願主敬白」の刻銘があり、室町時代初期の作とされます。願主は不明。 当時の灯籠は、丸柱の中央に周帯のあるものが多い中、この灯籠は八角柱というとても珍しい様式になっています。 また笠を持ち火袋には四仏が彫られているという大変優美な意匠を凝らした灯籠です。
 龍王宮(りゅうおうぐう) 竜王町鏡
古今集にも数多くの歌人たちが詠った鏡山。 山頂近くには聖徳太子26歳の時(600年)に自ら観音像を彫られ創建された雲冠寺(うんかんじ)跡があります。 嵯峨天皇(809〜823年)の時、伝教大師(最澄)(767〜822年)に勅旨が下り再建。堂塔僧坊五堂、精舎千坊(1000坊)が立ち並んだといわれます。 その雲冠寺跡近くに、雨の神・水の神ともいわれる八大竜王の一つ摩耶斯竜神(まなしりゅうじん)が龍王宮としてまつられ霊山、竜王山と言われています。
 仁王尊(におうそん) 竜王町鏡
西光寺跡地のお堂に祀(まつ)られている石の仁王尊で、そのうちの一体は昔、山崩れの際に地下に埋没されたといわれています。 昔から「足の病を癒してくださる」と言い伝えがあり、毎年7月に開かれる千日会(せんにちえ)には、草鞋(わらじ)をお供えする風習があり、平癒(へいゆ)を願う参拝者が今も絶えません。
 近江国 薬師山(くずしやま)四国八十八ヶ所霊場 竜王町薬師
近江国薬師山四国八十八ケ所霊場は昭和12年に開山。 開山式には第一番霊場前から稚児八十人余りが加わって行列をなし、入仏式には岩屋不動尊前で柴燈大護摩が焚かれました。 以来、毎月21日には信者・行者の参詣が絶えることがありません。平成8年の開山60周年、平成18年の開山70周年では祈願・祈祷の大護摩のほか、 数珠玉に信者の名前が入った立派な巨大数珠を、約50人ほどが一つの輪になりお経をあげながら回す、百万遍大数珠繰りも行われました。
 吉田出雲守重賢居宅跡・川守城址(かわもりじょうし) 竜王町川守
日本の弓道史において大変重要な意味をもつ人物を多く輩出し、 近代弓術確立の舞台となったのが、近江の國、蒲生郡河森・川守城(野寺城)(現在の竜王町川守)です。 城主であった吉田氏は、近江源氏・六角佐々木氏に仕え、代々弓馬の武功に名高い一族でした。 その十一代目の吉田出雲守重賢(よしだいずものかみしげかた)(将軍足利義晴弓術指南役)は「日置吉田流」を編み出し近代弓道の礎を築いたと言われています。
 竜王と弓道「日置吉田流弓術」のページ
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