鏡神社(かがみじんじゃ)
鏡神社
天日槍(あめのひぼこ)を祀る
第11代垂仁(すいにん)天皇の御代(紀元元年)に帰化した新羅(しらぎ)国の王子天日槍(あめのひぼこ)の従人がこの地に住んで陶芸、金工を業とするに及び祖神として彼を祀ったことに始まり、のち近江源氏佐々木氏の一族鏡氏が崇敬して護持(ごじ)したと伝えられています。
本殿は三間社流造り(さんげんしゃながれづくり)、こけら葺(ぶき)で南北朝時代の建築で国の重要文化財に指定されています。
源義経(みなもとのよしつね)元服のおり参拝
承安4年(1174)3月3日、源氏の御曹司(おんぞうし)、牛若丸は京の鞍馬で遮那王(しゃなおう)と称してひそかに源氏の再興を志していました。
鞍馬をこっそり抜け出した牛若丸は兄頼朝を尋ねんと、奥州の金売り吉次と下総の深栖(ふかす)の三郎光重が子、陵助頼重(みささぎのすけよりしげ)を同伴して東下りの途中近江の「鏡の宿」に入り、時の長者「沢弥傳(さわやでん)」の屋敷に泊まります。
平家の追っ手が探しているのを聞き、稚児(ちご)姿で見つかりやすいのを避けるために元服することを決心します。
そこで地元「鏡」の烏帽子屋五郎大夫(ごろうたゆう)に源氏の左折れの烏帽子(えぼし)を作らせ、鏡池の石清水を用いて前髪を落とし元服をしたと伝えられています。
時に牛若丸は16歳、自らが鳥帽子親となって名を源九郎義経(みなもとのくろうよしつね)と名乗り、源氏の祖である新羅大明神(しらぎだいみょうじん)と同じ天日槍(あめのひぼこ)を祀る鏡神社へ参拝し、源氏の再興と武運長久を祈願したのでした。(源氏は新羅系、平家は百済系と言われています)
鏡神社の参道には義経が参拝したときに松の枝に鳥帽子をかけたとされる鳥帽子掛けの松があります。
鏡神社の御祭神
天日槍尊(あめのひぼこのみこと)  
わが国に渡来文化や技術を育み広めた祖神(おやがみ)
天津彦根命(あまつひこねのみこと)  
国造りの大神にて産業開発や農耕商業繁栄の祖神(おやがみ)
天目一箇神(あめのまひとつのかみ)  
天津彦根命の御子にて金属加工や鍛冶など匠の神
の三柱が本殿に祭られている。(古事記、日本書紀に記される神々にて主祭神の納める日鏡から地名を「鏡」と称えしめた)
鏡神社の御利益(ごりやく)
三柱の神々は、町おこし、国つくりなど行政文化の発展、諸産業の技術向上、農耕商工業繁盛など、諸々の生業(なりわい)繁栄にご利益があるとされる。
また、平安時代の武将 源義経が当地で元服して源氏の再興と武運長久を祈願したことから武術学業の向上、開運成就、家系繁栄にも御利益がある。
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